延命治療は? ~在宅診療医 松本院長のお話をお聞きしました~その2

延命治療を希望するのか、しないのか どう本人の意思を医師に伝えるのか!?

延命治療は希望しないと本人が思っていても、病院に行けば、結局、家族の意向を優先に方針が決められていくのではないか。

延命措置についてどう本人の意思を伝えられるのかは、大きな課題です。

以前、「介護の社会化を進める一万人市民委員会in八王子」で在宅診療医として活躍されている数井先生をお招きし、お話を頂いたことがあります。

お話を聞きながら、改めて本人の意思を医療関係者に伝える難しさを感じました。

「救急車を呼ぶのは、延命してほしいからでしょ。医師は患者が運ばれてくれば延命しますよ。延命してほしくないんだったら、なぜ救急車を呼ぶんですか。」

こういう話になると、それはその通りなんだなと思います。しかし、

(かかりつけの在宅診療医の先生がいて、すぐに見てくだされば別ですが、)

通常、医療の素人である家族は、緊急処置で助かるものなのか、もうだめなのかもわからないし、医師にみてもらって判断をしてもらうしかないので、救急車を呼ばざるとを得ないというのが現状ではないでしょうか。

でも、病院に運ばれても、呼吸器を付けたり、胃ろうをしたりするような延命治療を本人が望まない時は、いったいどのようにその意思を伝えたらいいのでしょうか。

少しでも長く生きていてほしいと思って、延命治療の選択をしてしまうご家族もあると思います。

しかし、ご家族だって、悩みます。

良かれと思って選択した延命治療が、本人を苦しませることになってしまったのではないかと、ずっと悔やんでいるというご家族のお話をお聞きしたこともあります。

何とか、もう少し延命治療の問題について道筋を付けられないのかと思います。

松本先生のお話で得られたヒント

今回、めじろ台安心ねっとが開催した松本先生の講演会で、延命治療とは何なのか。延命治療についての本人の意思を伝えるために、救急医療情報への記載は有効ではないのか、などお聞きしてみました。

というのも、私が活動している「めじろ台安心ねっと」では、万が一の時に備えて医療情報を医療関係者にきちんと伝えるため、

消防署にもかけあい、東京消防庁の救急活動基準の見直しや、地域への救急医療情報キットの導入を先駆的にやってきた経緯があります。

また、めじろ台安心ネットで作成した「安心ノート」にも延命治療についての希望を記入する欄を設けたりもしております。

(ただし、救急医療情報キットの項目には、延命治療についての項目は入れていません。)

一方、八王子市が市として新たに展開してきた救急医療情報の項目では、延命治療についての記載があるとのことです。

松本先生からは、延命治療については、骨折とか血が出ているとかに帯する治療や、脳梗塞などへの薬の投与などは、通常の治療の範囲でしょう。

その行為をすることで回復が見込まれると思われる治療なのか、今後も回復は厳しいと予想される中での治療なのかという辺りのお話がありました。

また、救急医療情報に書いてある延命治療についての記載事項は、本人の意思として尊重され、医療の選択に反映されているのかお聞きしたところ、

そこに書いてあるからそれが本人の意思だと受け止めて、反映してはいない。

医師は、本人の意思が直接確認できない時は、家族との相談で決めているのが、現状だということでした。

救急医療情報に記載してあっても意思が反映されない理由とは

なぜそうなるのでしょうか。

松本先生のお話では、延命治療について、国はガイドラインを作成し、一定の方針が示されて、昔のように医師が訴えられるような状況でなくなっているものの、ガイドラインはあくまでも法律ではなく、ガイドラインである。

救急医療情報に延命治療についての記載があっても、いつ判断したか、日付がきちんと書かれていない。もしかしたらずいぶん昔に判断したことで、考えが変わっているかもしれない。

本人の意思が確認できない時は、やはり家族の判断を優先するのが、現状とのことでした。

ただし、本人が、手記などいろいろとつづって、本人の意思が読み取れるようなものがあれば、医師は、裏付けとして本人の意思表示を尊重していくような流れにはなっていくだろうということもお話されていました。

松本先生のお話をお聞きして、なるほどと思いました。

確かに、本人の意思が記載されているといっても、いつ書かれたものが、はっきりしないと困る。

そして、医療を受けるサービスの受け手が、延命治療が何であるかをまだまだ十分理解でいていない可能性もあり、正確に延命治療のことを知らないかもしれないという状況で行った判断というのは、医師としてもとてもそのまま尊重できない。

かつてのような、医師が殺人罪に問われるようなことは今後はなくなっていくとは思われるが、まだまだ医師が訴えられる可能性があるという現状がある中では、医師としては、家族の意向を反映せざるを得ない現状があるということも理解できました。

本人の意思を家族にまず伝えることが大切

おりしも、私の身近でも延命治療をどうするかの判断を迫られた事例がごく最近ありました。元気でも大怪我をすれば、生死をさまようような状況に突然なります。

自分も家族も元気で怪我もしなければ、この問題は、全く関係ないで済みますが、実は、いつ誰が遭遇するかもわからない問題でもあるのです。

救急医療情報の記載事項が直接医療関係者の判断に使われなくても、もし、本人の意思を家族があらかじめ知っていれば、家族も当惑することなく、本人の意思を医師に伝えられると思います。

そういう意味から言えば、救急医療情報キットへの記載や、「安心ノート」への記載は家族とのコミュニケーションツールにもなり、決して無駄ではないと感じました。

 

 

自分らしい最期を迎えるにはどんなことが必要か!? ~在宅診療医 松本院長のお話をお聞きしました~

めじろ台安心ねっとで講演会を開催しました。

今回は、西八王子駅北口にある松本クリニック 院長 松本清彦先生を講師としてお招きし、在宅診療医の立場からお話をして頂きました。

私も司会を務めながら、「自分らしい最期を迎えるには」をテーマにお話をお聞きし、大変良い勉強をさせて頂きました。

看取りも含めた在宅療養の話は、重く感じがちですが、お話を聞いて、少し心が軽くなりました。

*めじろ台安心ねっとは、「最後まで自分らしく生きるためには」を命題に、医療介護の問題を地域の皆さんと一緒に勉強したり、高齢者の居場所、元気づくりに向けて、サロン活動を行っています。

(地域包括ケアシステムについても、情報収集や実践に向けて活動しています。)

国は、高齢者が急増する中、2025年問題を見据え、高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、

可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域包括ケアシステムを進めるとしています。

かみ砕いて言えば、医療・介護の地域資源は限られている中で、高齢者が増えていくことになれば、

資源が足りない。→在宅で最期まで暮らせるシステムづくりが必要

という流れがあるということです。

医療・介護が必要になった時にも、できるだけ自宅療養をし、最期を自宅で迎えることができれば、それに越したことはないかもしれませんが、

高齢者の約8割が病院で亡くなる現状があり、自宅での看取りを人生の中で経験したことのない家族が大半という状況に加え、

一人暮らしの高齢者も増え、家族も共働きの人が増えているという中で、

どこまで在宅療養や自宅での看取りが可能なのかと、めじろ台安心ねっとのメンバーである私自身も、他のメンバーも疑問と不安を感じていました。

松本清彦院長からは、野球で言えば、病院の診療は、バッテングセンターでどの球も思い切り打ち返すような医療。

一方、在宅診療は、実際の試合のように球を見送ったりすることもある。本人、家族の状況や意向に沿って対応を臨機応変に変えられる余地があるというお話を頂きました。

また、在宅診療は、病院より安いわけではないし、例えばごみ屋敷になっているようなところで在宅療養をするのは、家族も本人も大変なので、何が何でも在宅療養がいいという訳ではないというお話もありました。

プランAがダメならプランBでいけばいい。 本人の意思と状況次第と言って下さると、家族としては、何となくほっとします。

今回、松本先生にお話をして頂くきっかけとなったのは、地域の方が、在宅診療医の松本先生のおかげで、不安なく安心して自宅で母親を看取ることができたと感激されてお話をされていたのをお聞きしたことです。

ぜひお話を聞けたらということになって、実現しためじろ台安心ねっとでの講演会でした。

松本クリニックでは、大勢の医師の方達と連携をしながら、24時間の診療体制を維持しておられるそうですが、やはり統括する院長のお立場は本当に大変のようで、

講演会の前にも看取りの患者さんの往診に行かれるというような多忙の中で、松本先生にお話をしていただいたことに、心から感謝します。

現場で活躍される医師の生のお話は、大変貴重な勉強の機会でした。

痛感!高齢者の体力・運動能力の過信はあぶない

高齢者の怪我に注意

今年の冬は、身近で怪我をする人がいて、元気な高齢者もちょっとしたこと不注意から予期せぬ事態につながることを骨身にしみて感じました。

高齢者の骨折は寝たきりや死亡につながるケースもあり、侮れません。

生活習慣病とともに、高齢者にとって命に関わることにもなりかねない怪我は本当に気を付けたいものです。

身体能力の維持をしながらも、自分の身体能力を過信しすぎないことも非常に大切だと感じています。

体力や運動能力を客観的に把握をすることも大切

病院では、健康診断で、血圧を測ったり、血液検査をしたりしますが、

体の体力や運動能力の診断については、実はやってもらえる場所は限られているのではないでしょうか。

スポーツジムに行っている人は、その点環境が整っていますが、経済的にも、時間的にもなかなかそこまでたどりつけない方も多いかと思います。

調べてみましたが、八王子市の東浅川保健福祉センターでは、年4回、体力ロコモ測定会を実施しているとのこと。

高齢者だけでなく、40代50代の方も参加可能とのことでしたが、一度の参加できるのは、50名と人数も限られています。

先日は、イーアス高尾での測定会も実施されたようですが、

もっと日常的に気軽に運動能力やロコモ度の測定ができる場があればいいなと思います。

高齢者にとって、体力や運動能力をどこまで維持できるのかは、最期まで元気にサバイバルしていくには重要です。

そして、自分の体力と運動能力を客観的に把握し、無理をしすぎないことも、怪我をしないための大切な方法だと痛感します。

これまで医療・介護の問題についていろいろと勉強をしてきましたが、怪我ということが身近に起きたリアルな体験から、気付かされること、考えさせられたことが本当に多かったです。

そして、こうした高齢者の問題は、実は40代、50代からもうすでに始まっていることが、わかってきました。40代、50代の筋力が将来、認知症や寝たきりになるかに関わっているという研究データも出てきたそうです。

まさに分かれ道は、40代、50代からできていくのですね!

 

今年も元気で!どうぞよろしくお願いいたします。

立春が過ぎました。

寒い中ですが、日差しに何となく春を予感します。この春の訪れには、新鮮な、心躍るうきうきとした喜びを感じるものです。

しかし、まだまだ強い寒波の襲来に気は抜けません。

今年の冬は連続的な寒波の訪れで、またしても八王子は大雪に見舞われました。

2回もの大雪の雪かき、お疲れ様でした。皆様、腰の方は大丈夫でしたでしょうか。

先日、お聞きした宅急便の配達の方のお話

(私が住む高齢化率40%の)めじろ台で、大雪が降った時に、雪かきがちゃんとできていて、驚いたし、うれしかった。おかげで配達がスムーズにできて本当に助かりましたというお話でした。

「高齢化しているから雪かきができない」ではなかったんですね。

みんな地域のそれぞれががんばった成果を、こんなふうに客観的に評価していただくと、なるほど、高齢化しためじろ台もまだまだ捨てたものではないなと、私もお話を聞いていてうれしくなりました。

むしろ若い人は仕事に行かなければならないので、タイミングよく雪かきをするのは難しいのかもしれませんね。

他の地域より、めじろ台がちゃんと雪かきができていたのは、高齢化した地域でリタイアした人が多いこともありますが、

数年前の大雪で懲りたのでタイミングよく雪かきをしておかないと大変なことになるという思いと、

やれるだけの肉体的精神的な力の両方があったからかなとも思います。

高齢になったから体が動かなくなる、病気になる、介護が必要になるという図式ではなく、やはり最後まで元気でいられる生活や地域づくりをみんなでしていきたいと改めて感じています。

 

超少子高齢化社会 ~地域活動から地域づくりを考える その2~

生活不活発病を防ぐには?!

高齢の男性は、多くの方が、自分で食事を作ったり、掃除洗濯をしたりという家事が苦手で奥さんにまかせっぱなしの方も多いと思います。

何もしないで、おうちにいると、生活不活発病にどうしてもなります。

奥さんが出かけようとすると、そのたびに、「どこに行くの?何時に帰ってくる?ご飯は?」と言われて。

濡れ落ち葉のようにくっついてくる旦那さんの世話に、疲れ果てている奥さんも、結構いらっしゃいますが、自分のことは自分でできれば、実は男性自身も楽しいし、世界も広がるし。自分助け、奥さん助けになります。

男女平等の視点から、男女共同参画はぜひ若いうちからやっておくべきだと思いますが、でも手遅れかもしれないけど、まだ間に合います!

食を通しての交流、情報発信は、男性にも自身の食や生活を考えるよい場になるのではないでしょうか。

奥さんが先になくなることだってあるわけですし・・・。

そして、運動も大切ですよね。女性は、男性よりも筋肉の量がもともと少ない上に、運動の習慣がない方も結構います。適度な運動の習慣のある人は、男性も女性もやはりお元気です。毎日40分の運動習慣がある人とない人では、ガン予防、認知症予防、寝たきり予防の点からも違ってくるようです。

地域でも踊りをやっている方は、お元気な方が多い気がします。グランドゴルフなどの運動もそうですが、音楽・芸能をやっている方も、活動そのもので元気になり、また、仲間づくりでも元気になりと、とても生き生きしていらっしゃるなと思います。

とにかく地域には、多種多様な方がいて、人の興味も様々、才能をお持ちの方もたくさんいらっしゃいます。

サロン活動は、多種多様なテーマからアプローチして、自分の得意分野の講師をやる人、興味を持って教わる人、双方の人を、地域から人材発掘しながら、取り組んでいけたらいいなと思います。

ただ、問題は、活動の場所。場所の確保はなかなか大変です。

私が、今後ぜひ、進められたらいいなと思う食を通した交流には、キッチンが必要です。地域の中に、キッチン付きの交流スペースがあると本当にいいなと思います。地域のカフェとのコラボも一つのやり方かもしれませんが、これからの課題かなと思います。

地域包括ケアは多世代で

~高齢者だけでなく、子ども、障がいをお持ちの方も、みんなで~

国が地域包括ケアという概念を打ち出してきてから、高齢者の地域包括ケアという言葉だけは一般的になってきました。今、地域包括ケアは、高齢者の視点から論じられることがどうしても多いのですが、地域を考えれば、世代ごとにわけていてもうまくまわっていかないと感じます。世代を超えた交流も今後の大きな課題ではないでしょうか。

今、八王子でも地域の有志の人たちが子ども食堂をやられているようです。とても素晴らしいことだと思います。

八王子市が地域包括ケアの目玉として力を入れている高齢者のサロンは、当然、高齢者の視点で進められているわけですが、今後このサロンも、一定のノウハウが見えてきたら、子どもの活動をしている方とも融合しながら、今後は、多世代交流の視点から、高齢者だけでなく、子どもも、障がいをお持ちの方もみんな集えるような方向で、進められたらと思います。

「ユニバーサルデザインで、みんなが集える場所をつくって行けばいいんだよ。」こんな言葉を最近高齢者の方からもよく聞きます。

行政も縦割りを越えて、生活実感の中から今後の制度づくりを進めていくよう、ぜひ行政に働きかけていきたいと思います。

超少子高齢化社会 ~地域活動から地域づくりを考える その1~

地域活動から痛感するもの

私は、今、オールドニュータウン、めじろ台で暮らしています。

めじろ台は、40年前に開発されたまちですが、同世代の人が一気に入居するにユータウンのまちづくりの宿命、一気にまちが高齢化するという問題に直面しています。

私は、ここ8年余り、「めじろ台安心ねっと」という地域の高齢者福祉の団体のメンバーとともに、高齢者福祉の活動をしてきました。

そして昨年は、さらに町会長も務めるなど、地域活動に取り組んできましたが、

その活動を通して、高齢化問題を骨身にしみて感じました。

町会運営やお祭りでのマンパワーの不足という問題が現実のものになってきました。

今後、団塊の世代が、後期高齢者を迎える2025年問題も間近です。

私の両親もまさに80前後の高齢者ですし、自分も年を取るわけです。

日常活動の中で、今後の日本社会の未来、地域のあり方、医療・介護の問題など、否が応でも考えざるを得ません。

まずは、高齢者の元気をつくる!

高齢者の方といろいろとおつきあいをする中で、感じるのは、一言で高齢者といっても年の取り方は、人それぞれということです。

高齢がみんな、病気だったり、介護が必要になったりしているかと言えば、そうではないわけです。

少子高齢化社会の中、いかに医療・介護の制度の社会保障を維持するのかを考えた場合、やはり高齢者の元気と健康づくりをしっかりやっていきながら、医療や介護が必要な人に必要な医療・介護サービスをしっかり届けられる体制をつくることが今後の大きな課題になってくると思います。

高齢者の就労も今後の課題

ちなみに、八王子市の平成26年データを見ると、総人口約563,000人のうち、65才以上の高齢者人口は、約13,5000人です。そのうち、就労人口65歳以上は、23,700人。

つまり高齢者でも働いている人は6人に1人は働いている計算になります。

男性が仕事を辞めたとたんに、ふぬけになって何もすることがなくなって、元気がなくなるというパターンもあります。

自分の父親を見ていて思うのですが、80才を過ぎても仕事をしている父は、なんだかんだ言っても、ありがたいことに元気で、父に仕事があってよかったなって本当に思います。

仕事大好きな人は、ずっとお仕事していてもいいわけですし、今後の高齢者は、年金の金額も少なくなっていくことを考えると、生活そのものの維持という点からも、就労は、今後の課題だと思います。

健康寿命を伸ばす地域づくりは重要

認知に課題のあるの方は、約11,500人。 介護認定を受けている方は、23,900人。

年齢が高くなれば高くなるほど、医療・介護のお世話になる方は増える傾向にあると思いますが、私が地域で活動していて感じるのは、町会や、老人会などで地域活動をしている方は、ご高齢でもお元気でいらっしゃるということです。

一方、今日、行く場所も、今日、用事もないとなると、家でお菓子を食べて、お茶を飲んで、テレビを見てと、不活発病にもなり、やはり介護のお世話に早いうちからなる傾向はどうしてもあると思います。

だから高齢者の教育と教養の場づくり(今日、行く場所と、今日、用があるところ)をつくっていくことが、ご自身の心がけとしても、地域の取り組みとしても必要だなと思います。

高齢者の居場所づくりサロンの取り組みと課題

今、私が住んでいるめじろ台や、様々な地域で、高齢者の居場所づくりとしてサロン活動などの取り組みが各地域で進められています。

高齢者の元気づくり・健康づくりにつながるサロン活動とはどうあるべきかを模索している団体も多いと思います。

サロン活動は始まった当初に比べ、定着してきたことは良かったなと思いますが、一方で、リピーターには人気でも、まだまだ利用は一部の人に限られているという悩みもあります。今後は、行政のお知らせの仕方の工夫など改善の余地があります。

サロン活動には、コミュニティカフェのサロン、音楽を聴いたりするサロン、介護予防体操などのアクティビティのサロンなどいろいろな取り組みがあると思いますが、

さらに私が今後広がっていけばいいなと思うのは、食を通しての交流の場づくりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

断捨離から見えてきた!次の時代を拓く文化は?

断捨離に取り組んで

2015年の選挙で負けて以来、自分はどう生きるのかいろいろと模索をしてきました。

とにかく今あるその場所ででくる最大限を尽くすしかない。 私に何ができるのか。

そこで考えたのは、家事のスキルを高め、家族が暮らしやすい環境をつくるということでした。

私は主婦ですが、暇だと思ったことがないほど、いろいろな地域活動をいろいろとしているので、お客様にいつでも来てもらえる家にしておきたい。そして、家事が楽にできて、書類がすっきり片付いた家にしたい。そう思い、断捨離をさらに極めたいと思いました。

断捨離の本を買い、それをバイブルとして読みながら、家中の断捨離をやってきました。 片付け講座を勉強しに行き、二級免許も頂くくらい、研究もしました。

おかげでだいぶんすっきりしました。

家の中に入れられる物の総量は決まっている。不要な物は処分し、ゆとりを持った収納をし、必ず使ったら片付ける。 これを繰り返せば家はすっきりします。

でもなかなか完璧にはできなくて、日々精進が必要です。

なかでも大変なのが、書類と本の処分です。

書類は処分しても処分しても毎日、毎日増える。もぐらたたき状態ですが、とにかく毎日15分処分する時間を作って片付けるしかなと毎日実践しています。

本の断捨離は、難航していて、もう少し、がんばりが必要です。

本は読みたい。でも、増える一方だと総量オーバーになるので、図書館を活用することにしました。

断捨離は、自分にとって大切なものは何かを見極める儀式でもあります。すっきりすれば自分も家族も気分がよくなってゆとりができますし、台所がきれいだと子どももお料理したくなったり、家族みんなで片付けをやれるようになって、みんなで家をきれいにしていこうという雰囲気ができてきます。

自分と家族の暮らしの質を上げるために、ぜひ断捨離はお勧めです。

断捨離の効果~片付け講座でごみ減量は有効!~

断捨離を何度もやっていると、物を処分する辛さが身にしみて、確かに物はむやみやたらには増えないようになります。何かを処分しなければ買わない。収納場所が決まらなければ買わないということを頭の中で反芻するようになるからです。

私は、片付け講座をやればごみ減量につながるという仮説を立ててきましたが、自分自身の実践から、仮説は正しかったと思います。

断捨離をすれば、不要品をリサイクルショップに出すのも日常的になり、リサイクルショップを活用すれば、不要品を誰かが使ってくれるし、自分も使うことになるので、不要品が即ごみではなく、再利用できることになります。

片付け講座を受けないまでも、断捨離を実践することは、暮らしやい環境をつくり、人生が前向きになれる。しかもごみ減量になりますので、多くの方にやっていただけたらいいなと思います。

片付けで悩む家庭が増える

しかし、多くの家庭では、物が処分できない、片付かない。深刻な片付けの悩みが進行中の家もあります。

しかもこの問題は、親と子世代間の仲を悪くするような大問題になっているご家庭もあります。

親が片付けられなくて、リフォームの時に物の移転と保管で100万円もの莫大な金額がかかった。親の死後、何年も家が片付かなくて本当に困った。事業者にお願いしたら莫大な費用がかかった。最近ではこんな話をよく聞きます。

こんな時は、一人で悩まず、重症になる前に、一度片付けのプロの支援を受けることも、必要なのかなと思います。

日本人が片付け下手な理由は?

それにしてもなぜ日本の家庭はこのように物にあふれ、片付けに悩むようになったのでしょうか。

かつて、日本の家庭にはそれほど物はなく、ものを大切にする精神があったと思います。 でも逆に言えば、物を管理すること、処分することには慣れていなかった。 しかし、戦後家電製品の登場で、どんどん便利な物が増え、便利さを得るために物を買うことが習慣になりました。

物がなかった時代から、物が人の暮らしを便利にしてくれる時代になり、人々は物を買うことで豊かさを実感し、ものづくり産業は、大きく発展し、確かに私たちを豊かにしてくれました。

でも、今は家電製品以外にも、いろんな物があふれて、物で暮らしのスペースが狭くなり、多くの物の中で必要なものが見つかれず、探して見つからなくて、また買ってまた増えてと悪循環になっている人も結構います。

そして、万が一の時の地震では物の下敷きになってしまうくらい物があったとしたら、物のせいで命を落としたり、物が私たちの生活時間をうばっているとしたら、本末転倒ですよね。

そう考えると、今の暮らしもそろそろ見直した方がいいのではないかなと、本当に思います。

拡大生産者責任を強化してほしい

企業は製品開発に熱心ですが、自社の製品の廃棄の仕方にまでは多くが手が回っていません。廃棄する家電は自治体が処分しているので、企業は売るだけ売って、売り逃げ状態というのが、今の法制度です。

いまやものづくりも架橋に来ています。 経済を回すために、ものづくりをし、それを買わないと経済が回らない。作っては売り、ごみを出しと環境問題が今の経済活動にはついてまわります。

一方で、物を大切にする日本人は、そうやたらに捨てられない。これを捨てたらどう処分されるのかな。きちんとリサイクルされたり、環境に配慮された処分のされ方をするのか確信がないので、とりあえず、壊れた家電製品でも家に置いておくという行動を取ってしまう人も実際たくさんいらっしゃると思います。

片付けの視点から見ると意味がないことですが、その気持ちは本当によくわかります。 これは消費者の問題ではなく、生産者の問題です。 製品を買ってほしいというのなら、廃棄したらどうなるかもちゃんと研究して環境への配慮をぜひしてほしいと思います。

そういう意味で物作りの動脈産業だけでなく、製品の廃棄後、資源を活かすためにの静脈産業の部分を充実していくことが大切だと感じます。

次の時代を拓く文化は?

こともあろうに文科省は、大学の文系研究と教育を軽視し、理系に重点を置く大学改革を進めようとしました。 これに対し、日本学術会議は文科省に見直しを求め、文系切り捨ての方針は転換されたようですが、文化、歴史を切り捨て、科学技術のみを強化しても、日本の明るい未来はありません。

どのような文化文明を醸成していくのか、この哲学なくして、新しい時代を切り拓くことはできない。テクノロジーやものづくりはあくまでも人々の暮らしのお伴でなければならないと思います。

使い捨てなど、物を大量に消費する文化から、いいものを厳選して使ったり、リユースする文化に転換し、農業や食を大切にし、人と人がコミュニケーションすること、文化・芸術を楽しむ暮らしや社会を創っていくことが、これからは大切ではないかなと思います。

世界と地域の視点で見る! 2016年 今年もよろしくお願いいたします。

新年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

photo by Kimie

昨年は、市議選で惜敗となりましたが、多くの皆様から温かい励ましを頂き、本当にありがとうございます。

元気になり、地域の中で、高齢者福祉や防災などの活動を続けております。

また、13年間遠ざかっていた英語の勉強を再開し、日常的に国際交流をする中で、

相互理解と世界平和の大切さを痛感しています。

福島の放射能汚染とエネルギー政策

昨年12月には、北海道がんセンターで長年放射線治療の専門家として仕事をして来られた西尾正道名誉院長のお話を聞く機会がありました。

今福島で起きている、放射能の内部被曝と子どもたちへの健康問題について深刻な指摘をされていました。

安倍首相は福島での復興は進み、地下水の放射能汚染はコントロールできていると世界にアピールしましたが、福島での除染作業の実態は、残念ながら気休めにしかなってないことも報告を聞いてよくわかりました。

私たち現代人が、豊かな生活を享受できているのは、科学技術のおかげですが、放射能汚染を除去することや核廃棄物の処理は現代の科学技術では不可能です。

今地球では気候変動が起き、洪水や台風の多発、火山活動の活発化、地震などの災害の多発など世界中が激変の時期を迎えています。

人類の力ではどうしようもないこのような状況がある中で、手に負えない原子力エネルギーに固執することは、多大なるリスクを負い、未来に禍根を残すことになりません。

利権に流される政治ではなく、知見を生かし、未来の安心をつくる政治こそが必要です。

すでに日本のある科学者は原発を廃炉にし、廃炉を活かした水素エネルギーをつくる理論研究を行っていますが、(講演会で聞いてきました。)政府が原発推進の舵取りをしているため、このような技術が日の目を見ることはなかなかできません。

2016年4月からは家庭での電力小売りの自由化となり、私たちは、消費する電力の会社などが選択できるようになります。

ぜひクリーン電力の選択をし、安心のエネルギー政策を実現するために、国民一人ひとりが行動していくことが大切だと思います。

平和憲法と世界平和

日本は平和憲法を持つ国として、中東などの地域で信頼を得てきました。(日の丸をつけた日本の石油タンカーはイラク戦争の時にも攻撃されなかったと船員の人が証言しています。)

昨年は集団的自衛権の行使容認を認める安保法制がきわめて暴力的に可決され、戦争をしない国日本を支える平和憲法がなし崩しにされようとしています。

パリやアメリカでテロが起き、テロ対策は大きな課題ですが、日本は、平和憲法を持つ国として国際理解と支援をしていくことが日本の役割だと思います。そのような役割を果たすことは、日本にとっても、世界の国々にとってもメリットがあると思います。

(日本の国にはさらに増えて1029兆円もの借金があり、支える若い世代が少ない超高齢化社会の中、医療介護などの社会保障制度の維持が困難な状況にあります。このような状況で、万が一戦争をすれば大切な若者を失うことになりますし、たとえ戦争をしなくても軍事費が拡大していけば、ただでさえ確保するがたいへんな社会保障予算も削られていくことになります。

そうなれば、福祉の充実どころではない。国は地域から崩壊していくことになるでしょう。)

本当のことを知る・歴史を知る そして、世界と地域の視点で見ることが大切

最近では、八王子でも、高齢者の方が、戦争体験を次世代に伝える活動を熱心にされています。こうしたお話を聞きながら、国家が人を殺すための戦争で、尊い命が失われるような歴史を二度と繰り返したくないと、強く思います。一人の母親としても。

アメリカは、戦争を繰り返してきた国ですが、そのアメリカでは、イラク戦争の帰還兵たちが今もなお苦しんでいます。戦地で多くの人たちを殺さなければならない過酷な任務を経験し、仲間の死を目の当たりにした兵士たちは、帰還後も、精神的に病み、社会生活を送ることもできない状況であり、それを支える家族や周辺の人たちも苦悩を抱いています。

日本では、日本が戦争をしたことも知らない若者もいます。(これは日本の教育の最大の課題だと言わざるを得ませんが。)

日本で世界で何が起きているのか、まず本当のことを知ることが大切だと思います。

そして、どういう未来をつくっていくのかを考えるために、大人も子どもも歴史をしっかりと振り返っていくことが大切だと思います。

閉塞感の強い時代だからこそ、世界と地域の視点からものを見る。 

その中で、未来の安心をつくるための価値観と政策を模索し、実現していくことが大切だと思います。

皆さんと一緒にいろいろなことを学びながら、今年も地域で元気に活動していきたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

創造まち未来のいきいき市民集会で演説をしました。

本日は、創造まち未来のいきいき市民集会を開催しました。

JR八王子駅北口にて、前国分寺市議会議員のかたはた智子さんと、私、若尾きみえが弁士として活動報告と今後の政策についてお話をしました。

創造まち未来 いきいき市民集会の様子

 

 

創造まち未来では、自治体の先進事例を研究し、自分たちのまちづくりに生かしていくための活動を広域で連携しながら行っています。

選挙が終わって以来、久しぶりにマイクを持ってお話する機会でした。

今回の選挙では大勢のみなさまからご支援いただいたにも関わらず、申し訳ない結果となりましたが、まちづくりをよくしていきたいという思いは変わりません。

これからも同じ思いを持つ同士とともに勉強し、地域の皆さんとともに活動を続けていきます。

ご意見などお気軽にお寄せください。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

市議会議員選挙では結果が出せず、申し訳ありませんでした。

このたびの八王子市議会議員選挙では結果が出せず、申し訳ありませんでした。

多くのみなさまから温かいご支援をいただいたにもかかわらず、議席に手が届きませんでした。

しかし、多くのみなさまから落選後も温かい励ましの声をいただき、本当に感謝しています。

今後、また地域の中で皆さんと一緒に活動していきたいと思います。

本当にありがとうございました。

いろいろとみなさんとお話をしていきたいと思います。